日本の建築の歴史1
今回から、日本の建築の歴史にスポットを当てていきたいと思います。
第1回目は、縄文時代~弥生時代の建築物についてです。
日本の建築物の歴史は、縄文時代から始まります。
それまで洞穴や岩陰を寝床としていた人々は、縄文時代に入ると地面を掘り下げた床に柱を建て、住居地を作りました。
これを「竪穴式住居」と呼びます。
歴史の教科書見聞きしたような言葉ですね。
竪穴式住居を簡単に表現すると、地面にくぼみを作るように穴を掘り、
そのくぼみの中に複数の柱を建てて骨組みを作り、
骨組みの上に土や葦などの植物を葺いて屋根にした建物です。
それまで洞穴や岩陰を寝床としていたが、雨風凌げる家と呼べる場所に住めるようになりました。
ワンルームの竪穴式住居の真ん中には炉があり、
そこに複数人の男女が寝起きする、というスタイルだったようです。
弊社の近くですと、
代々木八幡宮の境内で、竪穴式住居の復元した姿を確認することが出来ます。
都会の中に、縄文時代の息吹を感じるとは意外な感じもしますが、
境内からは土器も見つかっております。
弥生時代に入ると、地面に柱を建て高い場所に床を作る「高床式倉庫」が生まれました。
地面より高い位置に床を作ることで、動物や虫に食糧が荒らされることを防いだのです。
稲作文化のある日本人にとっては、画期的な建物でした。
食べ物の保存が可能になることで、
人々の心にゆとりが生まれます。
吉野ヶ里遺跡が、有名です。
高床式倉庫の名残が、のちの神社建築へと発展し、穀物の代わりに神宝(しんぽう。神聖な宝物)を納める形に変化していきます。
神社の神殿の多くに高床式の「神明造」(しんめいづくり)が取り入れられています。
伊勢神宮の内宮と外宮の各本殿は特に「唯一神明造」と呼ばれ、「神明造」の元祖と言われています。
余談になりますが、実は、海外でも
高床式倉庫は利用されていました。
スペイン北西部の町、コンバロでは、
horreo(オレオ)という建物が現存します。
horreoはスペイン北西部やポルトガル北部に見られる高床式の穀物倉。
12世紀にさかのぼる記録が残っています。
horreoは、花崗石で作られ、
屋根には十字架が据えられている形が多いです。
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